4月27日(火)父と面会

きのうは、父のいる老人ホームに面会に行った。
面会は、施設から提示された2週間の間で、14時から16時のうち15分を事前予約する。2人までだ。妹と予定をすり合わせて、きのうの14時からにした。

12時半に最寄り駅のそば屋で待ち合わせる。3種焼き魚定食を食べたのち、14時前に施設に着く。受付で名前を書いていると、父の車いすがエレベーターから出てきた。私は手を振る。
一階の広間の奥に応接セットがあり、私たちはソファにかけ、前の机にアクリル板が立っている。父の車いすは向いに来た。

 父は怒っていた。
「なんでこんな大事なこと、急に言うんだ」私たちが来るのを、直前に聞いたらしい。たぶん前から言われていたと思うんだけど。
「長い間来ないでいて。急に言うんだ」
「前にいわれたのを、忘れちゃったんでしょ」妹がいう。老人にそんなこと言ってもしょうがない。否定しないでおかないと。
「病気で来られなかったんだよ、来れたらまたすぐに来るから、また来るから」私がくどく言う。父は、今まで、自分の体調の不調は訴えても、私たちの面会を心待ちにしていたようなことは言わなかった。それで、私はぐっと来てしまった。父は認知症だ。その時その場でやっていっているんだと思っていた。私たちが面会に行けば、ああ、と、思うし、それきり、と。去年私が一人で面会した時、どこかの娘さんだと疑ったこともある、あとで妹に聞いた。さすがに二人で行けば、疑わず、娘たちだと思うのだろうか。
「ワイフの葬式をしなくちゃな」父が言い出す。あごを上げて引く、大きくうなずきながら言葉を出す。調子を取っているみたいだ。前もこうだった。母の葬式は10年以上前に済んでいる。お墓を決めるのに1年近くかかったから、それが頭に残っているのだろうか。「え、やったよ」と私。「やったでしょ」と妹。「どこで」「多磨霊園」「そうか?」
「どう、調子は。リハビリ頑張っているんだって」言うことがなくて聞いてみる。
「それが転んで、しりもちをついて、前歯が2本折れたんだ。しりもちをついたとき、膝があごに当たって」「あら、それは大変」「今度、歯医者がくるんだがな」と言って、ちょっと顔をゆがめる。歯医者もそうだし、医者は言うことを聞いてくれない、というのが、いつもの嘆きだから、今度もお医者さんにはそういうことを言うのだろう。でも、認知症も進んで、職員さんになだめられて、ふむふむ、となるのだろう。
「寝るとき寒くてな、靴下をはいて寝るんだが、片っぽとれて、寒くて起きる。よく寝られないんだよ。手で触ると足が冷たくなってて。職員を呼ぶんだが、なかなか来てくれない」
「手で足を触れるの」私が聞いた。
「ちょっとな」父は一瞬靴下をタッチした。薄手のパジャマに上はカーディガン、ひざ掛けを乗せて、靴下に室内履きという姿だ。靴下とパジャマの間に細い脛がちょっと見える。話すとき、たまに右足の靴のつま先が上下に動く。力を入れて話すときなのだろうか。職員さんが来た。時間だ。「時間が来ました、すみませんが面会は終わりです」
「なんだ。もう。だいたい、こんな大事なことももっと前から言うべきなのに、なんだ、馬鹿野郎」車いすを後ろに引かれて、向きを変えされていながら、父が言う。
「そんなこと言わないの、すみません」妹が言う。
「すみません。また来るから。来られるようになったら、来るからね」私が言う。
「急に言って、もう終わりか、馬鹿野郎」
「すみません」職員さんに妹が言う。
「会えてうれしかったんですね。いつもは、こんなこと言わないんですよ」職員さんが笑顔で言う。「そうですか」ちょっと安心する。
「次はリハビリがありますからね」もうひとり職員さんが来て、父に話しかける。
「また来るから元気でね」私が、父の後ろ姿に声かける。
父の車イスは押されて行ってしまった。私は、またもグッときて、ちょっと涙が出そうになったけど、出なかった。会っていたいのを阻止されて、馬鹿野郎なんて暴言を吐くなんて、小学生低学年か幼稚園の感情表現だ。幸い職員さんはちゃんとわかってくれていた。
歩いて、マクドナルドに行き、2人で2時間くらい近況をしゃべって、最寄り駅で別れた。私と妹は電車の行き先が反対方向なのだ。私の方向の電車が先に来て乗った。