1月24日(月)父の面会、見舞い、食べさせること

きのうは、朝出て、父の老人ホームに10:30のお見舞い面会に行く。T夫も同じころ家を出る。出荷してから展覧会場へ行くそうだ。私が先に家を出た。

最寄駅の改札を出たところでK子が待っていた。歩く。
K子が言う。バイト先で最年長。会計が仕事なので電話をとらないでいいと言われているが、電話がかかってきて誰も出ないので取ろうとしても、電話どのボタンを押すのか字が小さくてよく見えない。教えてもらってもすぐ場所を忘れる。所長さんのお土産のお菓子一個ずつ持っていってくださいと言われたけど、忘れて、いつまでも残っていてあとK子さんだけですよ、と言われる、もーやーね―、ちょっとしたことを覚えられない。あと、子供に、ぜったいやっていないと言い張って、その時はそう思っていたんだけど、私だった、ということもある。子供たち同士でこそこそ、お母さんってやばいんじゃないって話してる。会計の仕事はちゃんとやっている。昔からやっていることはできるんだけど。
だんだんわかってくるよね、できなくなってくるの。ああ、こういうことだったのか、っていう。私はできないの込みで、用心している。気が付いたらすぐやる。ついでにあれもこれもとかしない。老人ホームが近づくと、どうかねえ、わからないねえ、と父のことになる。
午前中なら、起きて、少しはしっかりしているかと思った。施設の人に、午前中はよくお話をされていました、と何度か言われたから。面会時間の10:30は、施設の都合を聞いて、言われた時間だ。11時に利用者が廊下を通るので、その前が都合がいいということだった。私たちは特別に面会が許可されている。時間もこちらの都合でいいのだが、なるべく利用者との接触を避けるのに協力したい。玄関を入るといったん手をアルコールで消毒して、体温を計ってもらい、用紙に記入して、コートと貴重品以外の荷物は玄関のソファにおいて、再び多めにアルコールを使ってしっかり手を消毒して、父の部屋に向かう。
父は目をつぶっていたが、施設の人が名前を呼ぶと、すぐ目を開けた。
知子ですよ。K子ですよ。来たよ。もご、知子とK子か。父はわかったという表情をした。二人してベッドの横に置かれた椅子に座った。職員さんが用意してくれたのだと思う。私は、父の顔、特に目を見ていた。父が口を開く、うう、もごもご、二度目に繰り返したとき、どこに住んでいる、とこちらが聞き取れた。ええっと、と思っていると、またもごもご言って二回目に、ここはどこだ、と言う。老人ホームだよ。父の耳元に顔を近づけて言う。もごもご、老人ホームは分かっている。ここはどこだ。寒川神社のそば。香川駅、K子が父に近づいて言う。もご、分からないな。茅ヶ崎って知ってる? 私が近づいて言う。はあ、茅ヶ崎か、父はわかった表情をした。もご、どこから来た。千葉から。千葉、東京、横浜、茅ヶ崎、で、ここ、私が言う。父の表情は変わらない。分からないようだ。津田沼の方。津田沼、覚えている?重ねて言ってみる。津田沼はわかる。ずいぶん変わったろうな。変わったよ。K子が言う。K子はどこから来たんだ。どこにいるんだ。祖師谷大蔵。小田急線で、海老名で、香川。はあ小田急線。そう小田原まで行く電車。もごもご、昔とずいぶん違ったな。もご、これからどこに行くのか。行かないよ。帰るだけ。もご、どこかで食べていくのか。うん、たぶんそうなる。朝は食べてきたのか。うん。うなずく。首が動くのを見せた方が父はわかりやすいだろう。もご、家を何時に出てきたんだ。7時、と私。私は8時、とK子。もご、そんなでもないな。そんなに遠くないな。父は口をへの字に曲げている。不満があるとかふしょうぶしょう、というときの顔だ。そうだね、私は笑いながら言う。
前回来たとき、一緒に乗ったエレベーターの中で職員さんに聞かれて、駅から駅まで2時間半くらいかかると話した。職員さんは、じゃあだいたい3時間かかるんですね、と言った。思いやりのある言い方だった。ええ、まあ。私は照れて軽く笑った。多分、今朝、職員さんが父に、むすめさんたちは今日来ますよ、遠くから来るんですね、みたいなことを父に言ったのだと思う。父は覚えていればの話だが。
家族は元気ですよ。私は言ってみた。もご、それは良かった。
なにか考えているのか、考えていないのか、父は口に出そうとしなくなり、上の方を見ながら右手で鎖骨の下あたりをトントンたたく。苦しいのかね、私はK子に低い声で言う。
疲れたね。そろそろ時間だから帰るよ、私が言う。寝てていいよ、K子が言う。握手、と言って父は布団から右手を出す。握手、と言いながら、私は手を握る。あ、冷たい手だねえ。父が言う。そう、来るとき手袋をしてなくて、指先がまだ冷たい。K子も握手した。これは冷たくなかったらしい。椅子をかたづけて部屋を出た。

おじいさんは、むかしから食べることばっかり気にしていたよね、K子がみちみち言う。そうだねえ。私の子どもたちにどこか食べに行こう、焼き肉がいいか、とかよく言っていた。私は、子どもたちに野菜を食べさせているか、栄養のあるものを食べさせないとだめだぞ、とか言われたよ。カチンときて、ちゃんとやってるよ、と怒っちゃった。うーん、コミュニケ―ションを取るのに、食べることくらいしかなかったんじゃないの、孫の部活はどうだとか勉強はどうだとかいうよりとっつきやすいというか。でもやっぱりちゃんと食べてるかどうかに関心があったな。そっか、そうだね。言いながら思い出した、よく噛んで食べるんだぞ、というのも私が子どものころよく言われた。
駅前の蕎麦屋に11時前に着いた。入り口で待って、入った。やっぱりAランチ海鮮3種丼とせいろのセットにした。K子もそれにして、二人して堪能した。

父の顔を見ていると、ああこういう表情をしていたな、と昔の表情の片鱗が見えて、この表情はこういうことを言うときだ、と反射的に思い浮かぶ。

駅でK子と別れて電車で家の最寄駅に着き、そこから体育館に行って、着替えて、クライミングウォール利用認定会のお手伝いをする。19時ころ認定会が終わって、少し登る。